【8月15日】あの夏を覚えている人と、今日も夜を過ごす
- 勝 添田
- 3 分前
- 読了時間: 2分
8月15日。戦後81年の夏を迎えました。遠く先の大戦で亡くなられたすべての方々に、心から哀悼の誠を捧げます。
本日は介護現場での活動のため、靖国の英霊への参拝が叶わないため、昨年の写真です。

日付が変わったころ、眠れずにいる方のそばに腰を下ろすと、昔の話を聞かせてくださることがあります。
不思議なもので、昨日の夕食が思い出せない方でも、あの頃のことだけは驚くほど鮮明に語られるのです。防空壕の暗さ。頭の上を通っていった音。疎開先の匂い。そして、とうとう帰ってこなかった兄さんのこと等々。
そのとき私はいつも思います。歴史は教科書の中にあるのではない。いま私が手を握っている、この方の中にあるのだと。
そして、その世代は確実に少なくなっています。あと10年もすれば、体験を「ご本人から聞く」ことはできなくなる。継承の期限は、もう目に見えるところまで来ています。
慰霊とは、過去を懐かしむことではなく、間に合ううちに受け取っておくことなのだと思います。
今日はもう1つだけ、書き添えさせてください。
この日をもって戦争が終わった、というのは、私たちの側の言い方にすぎません。樺太で、千島で、大陸で、8月15日のあとに命を落とされた方々がいます。
占守島での戦闘は8月18日。真岡でも、留萌沖でも、悲劇はその後に起きました。シベリアに抑留され、極寒の地で亡くなった方は5万人を超えるとされます。
その方々にとって、8月15日は終わりの日ではありませんでした。今日は、そのお一人おひとりにも、等しく手を合わせたいと思います。
平和は、祈るだけでは守れません。けれど、祈ることを忘れた国が、平和を守れるとも思いません。慰霊と、現実を直視した備えは、決して対立するものではない。二度と同じ思いを誰にもさせないために、備えと外交の努力を淡々と続けること。
それを、感情に流されず冷静に語れる政治でありたいと願っています。
宮前区にも、あの時代を生きてこられた方が、まだ大勢いらっしゃいます。地域の慰霊の集いも、遺族会も、年々小さくなっている。だからこそ、地域で、ふだんの暮らしの中で、その記憶を受け取る場をつくっていきたい。それは国会や県庁の仕事である前に、まちの仕事だと思っています。
正午、黙祷を捧げます。名もなき方々の、ごく普通の日々の積み重ねの上に、いまの私たちの暮らしがあります。そのことを忘れずに、今日という日を過ごします。



コメント